徳永京子(演劇ジャーナリスト)の覚え書きなど。Twitterもやってます。アカウントはk_tokunaga
by word-robe89
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
カテゴリ
全体
雑感
劇評
お知らせ
演劇諸々
以前の記事
2012年 06月
2012年 01月
2011年 10月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 01月
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
5月に観た芝居の感想
at 2012-06-06 13:57
2011年の演劇アンケートに..
at 2012-01-05 21:33
2011年9月に観た芝居数本..
at 2011-10-27 18:32
7月に観た芝居いくつか
at 2011-07-17 12:34
2011年6月24日
at 2011-06-24 05:16
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
演劇
画像一覧

2011年9月に観た芝居数本の感想

9月に観たいくつかの舞台の感想を駆け足で。順番は、観た順ではありません。

オイスターズの『雑音』は、ワンダーランドのクロスレビューに書かせていただくはずが、締切を過ぎてしまったので自主的にここで。なので、クロスレビューのスタイルに則って星をつけました。関係者の皆さま、申し訳ありません。


文学座『連結の子』

何よりも大きな欠点は、主人公の母親の存在感が、あまりに希薄なこと。脚本も演出も、登場人物の中で最も手をかけていないのが母親だった。
それがなぜ問題かと言えば、作品のテーマが、タイトルが示すように「連綿と続く家族のDNA」だから。この作品が示した「連結」が、祖父、父、叔父、主人公という男だけの、しかも「鉄道好き」という具体的なつながりに収束しまったのは、かなり残念。彼らを、短い時間のタームでつながった具体的な連結とするならば、もっと長いタームの、目には見えない連結を女性に託せば、この話は何倍も輝いたはずだ。
亡き祖母は劇中ずっと、尊敬され、感謝され、謝罪され、愛される存在なのに、あと数年もすれば孫が生まれて祖母になるであろう、つまり、家族のバトンを渡されるであろう母親には、その片鱗も描き込みがない。それに伴ってか、演じた俳優の意識も、自ら役を深めようとした気配が感じられなかった。せっかく“不肖の息子を持つ母親”という設定が祖母とかぶっているのに、母親は、鈍感な愛情を間の悪いタイミングで押し付ける人でしかなく、死んだ祖母=善、生きている母親=悪、というきわめて単純な構造は、私にはむしろ不自然にさえ感じられた。さらに言えば、その娘である主人公の妹も、作品におもしろみのアクセントを付ける役割に終始し、祖母や母との連結がイメージできるような点を見受けられなかった。
とは言え、主人公の青くさい苦悩が、ある地点へ到達する際の熱量ある禊は、田村孝裕の作品としては久々の“書き上げた感”ありで、何らかの賞を受賞するのではないか。


てがみ座『空のハモニカ』

脚本(長田育恵)にも演出(扇田拓也)にも、何ひとつ目新しさは、ない。ザ・スタンダード。でもスタンダードであることの強さと清潔感が全編に満ちて、何という品のある迫力だったろう。
金子みすゞの半生を描いた作品で、史実と創作が見事に掛け合わさっているが、素晴らしいのは、中心にみすゞを置きながらも、書き手の視線がどの人物にも平等であるところ。群像劇なのではない、主人公は完全にみすゞなのに、である。
長田さんの脚本に私はこの作品で初めて接したので、いつもの作風などは知らないし、大げさに聞こえてしまうかもしれないが、長田さんという劇作家の、命に対する視線の平等ぶりが徹底しているのではないかと、確信に近い想像をした。この人こそ、新劇の魂を受け継ぎながら、新劇に新しい広がりを生むのではないか。これは確信を伴う願い。
次回公演は、シアタートラムのネクスト・ジェネレーションだそう。選ばれたことに納得。


柿喰う客『悩殺ハムレット』

女優だけで『ハムレット』というアイデアは特に突飛ではないけれど、ワンアイデアでよく最後まで走り抜けたと思う。今回用いられた日本語は「設定がホストクラブだから」とか「若者にもわかるように」という理由よりも、一気に走り抜けるために必要なスピードが出せる、という選択なのだろう。
そして、もしかしたら「今さら」な発見なのかもしれないが、人のせりふを聞いている時の登場人物が全員、リズムを取っていて、中屋敷さんが演出した『ナツヤスミ語辞典』がなぜ私には退屈で、なぜこれまで気にならなかった柿作品の音楽がやたらと気になったかが理解できた。
キャラメルボックスとのコラボでは、中屋敷メソッドのカウントが取れる俳優とそうでない俳優がはっきりと分かれたから、リズム感が悪い(あくまでも中屋敷演出において)俳優のもたつく体や発話が、音楽を悪目立ちさせたのだ。
このリズム感という点で、柿喰う客のメンバー以外でそれをモノにしていたのは、範宙遊泳の熊川ふみさんと岡田あがささん。熊川さんはやや前乗りでリズムをつかむタイプで、岡田さんはゆっくりとリズムに乗って堂々としていられる。


水素74%『謎の球体X』

青年団系というより、城山羊の会系と呼びたくなる、狂った夫婦とその周辺の狂った人々の話。その狂い方が複層的で──登場人物は悲惨な状況にいるが、その悲惨さの中に「私の幸福」を嗅ぎ取って、密かに甘く味わっている──、観ている間、ずっとゾクゾクしていた。そして、人々の狂気を形作っているのが、何気なく作品に散りばめられた数々の“約束”であるところに、まだ20代であるらしい作・演出の田川啓介さんの、物語を利用するキレを感じた。
でも何がいいって、上演時間の中で話を収めようとはハナから考えていない(ように思えた)ところ。だから、物語の背景に、何か物語とは別の時間軸、大きな広がりを感じさせたし、ラストが乱暴にぶったぎられても一向に気にならなかった。


オイスターズ『雑音』 ★★

脱力系の不条理劇を狙っていることはわかる。それにふさわしい演技力と味わいを備えている俳優も何人かいる(少なくとも3人。これは凄いことだ)。けれど、脱力系=ゆっくり話す、丁寧に説明する、ということではない。「ボケ」と「ツッコミ」という言葉をあえて使うが、もっと堂々とボケればいい。そしてツッコミを入れるなら、もっと言葉を刈り込まなければ。もしくはどこに差し挟むかのタイミングを、もっと考えなければ。笑い(推進)を生むはずのツッコミが、ブレーキになっていた。また、コントでなく演劇である以上、ボケとツッコミで先へと広がる物語を紡がなければ。
そしてとにかくタイトルが悪い。内容が決まる前に、申請関係やチラシの印刷のためにタイトルを決めなければならないという事情があるにせよ、自分達の世界観が伝わる、伝えようとする意志が感じられるタイトルは必須。このタイトルはあまりにも、事無かれ主義だ。
[PR]
by word-robe89 | 2011-10-27 18:32 | 劇評